コロナ禍を経て、世界中で旅行需要が回復し、日本へのインバウンド観光も勢いを取り戻しています。特に2023年以降は、円安の影響も重なって海外からの旅行者にとって日本が魅力的な旅行先となっており、実際に訪日観光客数は右肩上がりに増加しています。こうした状況の中で、「観光翻訳」は地域や施設の魅力を海外に発信するうえで欠かせない存在になっています。パンフレットやウェブサイト、案内板、レストランのメニューなど、観光に関するあらゆる情報を、多言語でわかりやすく、そして魅力的に伝えることが求められています。
本記事では、観光翻訳の基本的な考え方から、その重要性、さらには具体的な翻訳方法について、初心者の方にもわかりやすいように、やさしく丁寧に解説します。特に、外注と社内対応の違いや選び方、そして翻訳の精度を高めるうえで欠かせない「プリエディット」と「ポストエディット」についても詳しくご紹介します。
観光業界における翻訳の重要性とは?
観光業界における翻訳の役割は、単なる言葉の変換にとどまりません。地域や施設の情報を、多様な文化的背景を持つ訪問者に向けて、正確かつ魅力的に伝えるための重要な手段です。特に近年のインバウンド需要の高まりにより、観光に関する情報を多言語で発信する必要性はますます高まっています。
観光翻訳の対象となるものは、パンフレットや観光ガイド、地図やアクセス情報、案内板や標識、レストランのメニュー、ウェブサイトやSNSの投稿、音声ガイドや動画の字幕など、非常に多岐にわたります。それぞれに適した翻訳のスタイルや配慮が求められるのが、この分野の特徴です。
たとえばパンフレットでは、地域の歴史や文化、催し物を外国人旅行者にわかりやすく、かつ魅力的に伝えることが重要です。そのためには直訳ではなく、表現の工夫や背景知識の補足が必要になります。地図や標識においては、シンプルで瞬時に理解できる翻訳が求められます。
SNSやウェブサイトの投稿など、情報の更新頻度が高い媒体では、翻訳のスピードと自然さのバランスが鍵になります。誤訳が一つあるだけでも、地域への信頼が損なわれかねません。
また、日本独自の宗教的施設、伝統的な食文化、公共のマナーなど、外国人にとって馴染みのない文化をどう翻訳するかは大きな課題です。こうした背景を考慮した「ローカライズ(文化適応)」の視点が、質の高い観光翻訳には欠かせません。
たとえば京都にある体験型観光施設では、「暴れないでください」という注意書きが英語で「Don’t act up(調子に乗るな)」と訳され、訪日客に誤解を与えてしまう事例がありました。このような翻訳ミスは、文脈の理解不足やAI翻訳の誤用から生まれ、観光地全体の印象を損ねかねません。
(参照:忍者体験で「調子に乗るな(Don’t act up)」訪日客、戸惑う誤訳の案内板…京都の観光地でミス多発)
現場で続けられる多言語対応のはじめ方
観光翻訳に取り組む際、外注するか、それとも社内で対応するかは多くの担当者が直面するテーマです。これまでは「翻訳はプロに任せるもの」として外注が中心でしたが、近年では社内で対応する動き、つまり「内製化」を進めるケースが増えています。
特に日々更新が必要な観光情報やSNSでの発信、メニューや館内表示の変更など、スピードと柔軟性が求められる場面では、内製の強みが光ります。タイムリーに情報を発信できる体制は、インバウンド観光において大きな価値を生みます。
また、自社内で翻訳対応ができれば、ブランドイメージに合った表現や言葉づかいも保ちやすくなります。ロゴやスローガンだけでなく、翻訳された言葉一つひとつが、その地域や企業の印象を形づくるのです。
翻訳メモリ(TM)やスタイルガイドなどを活用すれば、翻訳のナレッジを社内に蓄積しながら、効率的に運用することも可能です。最初からすべてを内製化するのではなく、一部のコンテンツから取り組み始め、段階的に内製化を進めるのが現実的で効果的な方法です。
もちろん、高度な専門知識が必要な文書や、複数言語への一括展開などは、外注を活用する場面も出てきます。ただしその場合でも、「外注は補助的」「内製が基本」のスタンスで進めることで、コストを抑えつつ、自社らしい多言語対応が実現できます。
翻訳品質を支える工夫:プリエディットとポストエディット
観光業界における現場の翻訳でもAI翻訳(機械翻訳)の導入が進んでおり、特に翻訳作業のスピードとコスト面で大きな効果を発揮しています。しかし、AI翻訳をそのまま使ってしまうと、不自然な表現や誤訳が含まれてしまうことも少なくありません。そこで重要になるのが、「プリエディット」と「ポストエディット」という工程です。
プリエディット(前編集)とは?
プリエディットとは、AI翻訳を行う前に原文を整える作業のことです。翻訳の精度を高めるためには、AIが読みやすく、解釈しやすい原文であることが重要です。そのために、文法的に正しく、曖昧さのないシンプルな文章に整えたり、専門用語や略語を明確にしたりする工夫が求められます。
たとえば、「これを使用すると便利です」という曖昧な表現は、「この交通ICカードを使うと、電車やバスの乗り換えが簡単になります」といった具体的な記述に変えることで、翻訳の誤解を防ぎ、より正確な結果が得られます。
プリエディットを丁寧に行うことで、その後の翻訳工程が格段にスムーズになり、ポストエディットの負担も軽減されます。
ポストエディット(後編集)とは?
ポストエディットとは、AIが翻訳した文章を人が見直し、自然で正確な文章に整える作業です。AI翻訳の出力結果は、文法的な誤りや意味のずれ、不自然な言い回しを含むことがあるため、最終的に人の手で修正する必要があります。
たとえば、「おもてなし」を直訳すると “hospitality” になりますが、日本独自の「おもてなし」の精神は、単なるサービス提供以上の意味を持ちます。このような文化的ニュアンスは、人の判断がなければうまく伝わりません。
ポストエディットでは、単なる誤字脱字の修正にとどまらず、読み手が実際に理解しやすい表現か、現地文化に配慮した訳になっているかを確認することが求められます。観光翻訳では特に「伝わらないこと」が大きな損失につながるため、丁寧な見直しが欠かせません。
成功する観光翻訳のために大切な視点
観光翻訳をうまく活かすためには、ただ言葉を訳すだけでなく、誰に何をどう伝えたいかという視点を持つことが大切です。以下のような観点を持つことで、より実践的で効果的な翻訳を実現できます。
ターゲットの明確化
訪問者の国籍や言語だけでなく、文化的背景や観光に期待する体験も意識して翻訳することが大切です。例えば、英語といってもアメリカ英語とイギリス英語では好まれる表現が異なります。
ビジュアルコンテンツの併用
翻訳文だけでは伝わりづらい内容は、写真やイラスト、ピクトグラムなど視覚情報と組み合わせることで、理解しやすくなります。特に案内標識では、翻訳文とデザインが連動していることが重要です。
情報の更新性と一貫性
観光情報は頻繁に変わるため、翻訳もそれに応じてタイムリーに更新する必要があります。また、言葉づかいや用語の表記を統一することで、ブランドとしての信頼感が生まれます。
まとめ
観光業界における翻訳は、単に言語を変える作業ではなく、「地域の魅力をどう届けるか」を考えるコミュニケーションの一環です。言葉選び一つで印象が変わるからこそ、その土地ならではの価値やおもてなしの気持ちが伝わる翻訳が求められています。
訪日外国人観光客が増加する今、観光に関わる翻訳は「備え」ではなく「前提」になっています。駅の案内板、飲食店のメニュー、観光施設のパンフレット。どれもが、訪問者にとって最初に出会う「地域の声」となるのです。
まずは身近な翻訳から社内で取り組んでみましょう。たとえば、SNS投稿やイベント情報などの更新頻度が高いコンテンツは、内製化することで更新スピードを確保できます。AIや翻訳ツール、プリエディットやポストエディットといった工夫を組み合わせながら、無理のない形で多言語対応を日常に組み込んでいくことが大切です。
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この記事の執筆者:Yaraku ライティングチーム
翻訳者や自動翻訳研究者、マーケターなどの多種多様な専門分野を持つライターで構成されています。各自の得意分野を「翻訳」のテーマの中に混ぜ合わせ、有益な情報発信に努めています。
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