なぜタイ語翻訳が必要とされるのか?
近年、日本とタイとの間では経済・観光・文化など、多方面にわたる交流が一段と活発になっています。インバウンド需要の高まりに伴い、タイからの旅行者が日本を訪れるケースも急増し、ビジネスにおいてもタイ企業と提携を結ぶ日本企業が増加しています。さらにASEAN市場におけるタイの存在感は大きく、日本企業にとってもタイ語を用いた情報発信やコミュニケーションの機会が増えています。
こうした背景から、ビジネス文書や契約書、ECサイトの商品紹介、観光案内など、さまざまなシーンで正確なタイ語翻訳が求められています。特に日本語とタイ語では文法や表現が大きく異なるため、「ただ日本語をタイ語に置き換える」だけでは誤解やトラブルを招く可能性が高いです。タイ語特有の文法や文化的な背景を理解したうえで丁寧に翻訳を行うことが、信頼性の高いコミュニケーションの鍵となります。
タイ語の基本的な特徴
声調言語である
タイ語は声調言語の一種で、一般的に5つの声調(高声・低声・中声・下降・上昇)を持つと言われます。この声調によって同じ子音・母音の組み合わせでも意味が異なるため、音声でのコミュニケーションでは細心の注意が必要です。例えば、日本語で「カオ」という音があっても、声調の違いによって「彼」「ご飯」「山」「ニュース」など全く別の単語を指し示す可能性があります。
翻訳の現場では文字ベースのやり取りが中心であるものの、固有名詞や商品名をタイ語に翻訳する際には、誤解を避けるために正しい発音やアクセントの情報を補足することが望ましいでしょう。特に音声コンテンツや動画の字幕翻訳では、タイ語の声調を理解することでニュアンスの違いをより正確に伝えることができます。
独自の文字体系
タイ語の文字はインド系の文字から派生しており、44の子音字と15の母音字(母音記号の組み合わせを含めると32音)、そして4つの声調記号から構成されます。タイ語はアルファベット文字とは異なり、文字同士が連結する独特の書き方を持ちます。日本語と同じ感覚で改行や段落分けをすると、意図しない場所で文字が切れてしまい、可読性を損なう場合があります。
また、タイ語には大文字・小文字の区別がなく、単語の区切りをスペースで示さないため、文の区切りや単語の境界を正確に判別するには一定の知識と経験が必要です。翻訳時には、レイアウトや文字幅の調整を慎重に行わないと、文字が重なったり切れたりするトラブルが発生することがあります。
性別語尾と語感
タイ語では、話者の性別や立場、相手との関係性を語尾によって表現することが一般的です。たとえば、女性が話す際には「ค่ะ(ca)」、男性が話す際には「ครับ(krap)」を文末に添えて丁寧さや礼儀を示します。これらの語尾は日常会話だけでなく、ビジネスメールやチャットなどの文書にも反映されるため、翻訳の場面では単に言葉を置き換えるだけでなく、性別や関係性を踏まえて語尾を適切に選ぶ必要があります。また、よりカジュアルな関係や親しい相手に対しては「จ้ะ(ja)」「จ๊ะ(ja)」のような砕けた語尾が使われることもあります。逆に、公的・格式の高い場面では語尾を省略して中立的な文体を取ることもあります。
こうした語尾の選択一つで相手に与える印象が大きく変わるため、翻訳時には「誰が誰に対して話しているか」という視点を明確にし、文脈と関係性に基づいた判断が求められます。特に性別が特定されない文書や中立的に訳す必要のあるコンテンツでは、無理に語尾をつけると不自然になることがあるため、状況に応じた使い分けが重要です。
高コンテクスト文化
タイ語は日本語と同じく高コンテクスト言語であり、単語や表現の意味が状況・人間関係・前後の文脈に大きく依存します。例えば「น้อง(ノーン)」という単語は、辞書的には「妹」や「弟」などの意味を持ちますが、実際の会話では「自分より年下の相手全般」「親しい後輩」「店員への呼びかけ」など、さまざまな意味で使われます。このように、一語で複数のニュアンスを担うことが多いため、単純な語彙変換では意図を取り違えるリスクがあります。
また、タイ語では文脈から主語や目的語が省略されることも多く、読み手・聞き手の共通理解が前提となっている場面が少なくありません。こうした性質を踏まえると、翻訳作業においては逐語訳に頼るのではなく、文全体の流れや関係性を丁寧に読み解きながら訳出する力が求められます。
文法上の特徴
タイ語の文法は、日本語や英語と大きく異なる点がいくつかあります。主に次の3点が重要です。
語順はSVOが基本
タイ語の基本的な文型はSVO(主語-動詞-目的語)ですが、副詞や時を示す要素が前後に来る場合など、微妙に語順が変化することもあります。そのため、意味を捉え損ねると誤訳に繋がりやすい点には留意が必要です。
これらの文法的特徴を押さえたうえで翻訳することで、より自然で正確なタイ語文章を作り上げることができます。
- ごく基本的な文
- 日本語:「私はご飯を食べる」
- タイ語:ฉันกินข้าว (chăn kin khâao)
- S = ฉัน(私)
- V = กิน(食べる)
- O = ข้าว(ご飯)
- 目的語を変えた例
- 日本語:「私は水を飲む」
- タイ語:ฉันดื่มน้ำ (chăn dʉ̀ʉm náam)
- S = ฉัน
- V = ดื่ม(飲む)
- O = น้ำ(水)
- 修飾語が入る場合
- 日本語:「今日、私は市場へ行く」
- タイ語:วันนี้ ฉันไปตลาด (wanníi chăn pai talàat)
- 「今日」(วันนี้)を文頭に置き、主語の「ฉัน」に続けて動詞「ไป(行く)」、目的語の「ตลาด(市場)」という流れになっています。
- ときには「ฉันไปตลาดวันนี้」のように文末に「วันนี้」を置くことも可能で、文脈によって意味合いや強調がわずかに変わります。
- 否定文の例
- 日本語:「私はご飯を食べない」
- タイ語:ฉันไม่กินข้าว (chăn mâi kin khâao)
- 「ไม่(〜しない/〜ではない)」を動詞の前に置くことで否定形を表します。
時制の変化がない
タイ語には、英語のように動詞に時制変化を伴う仕組みがありません。過去や未来を表す場合は、副詞や文脈によって示されるため、文章全体の前後関係から正確に把握しなければならないケースが多々あります。
- 過去を示す場合
- 日本語:「昨日、私はご飯を食べました。」
- タイ語:เมื่อวาน ฉันกินข้าว (mêuawaan chăn kin khâao)
- 「昨日」(เมื่อวาน)という単語を加えることで過去の出来事だとわかります。
- 動詞「กิน」(kin=食べる)は変化しません。
- 現在を示す場合
- 日本語:「今、私はご飯を食べています。」
- タイ語:ตอนนี้ ฉันกินข้าว (tɔɔnníi chăn kin khâao)
- 「今」(ตอนนี้)を加えることで現在形を表しています。
- やはり動詞「กิน」は変化しません。
- 未来を示す場合
- 日本語:「明日、私はご飯を食べます(食べる予定です)。」
- タイ語:พรุ่งนี้ ฉันจะกินข้าว (phrûngníi chăn cà kin khâao)
- 「明日」(พรุ่งนี้)+「〜するつもりだ」(จะ)を使うことで未来形のニュアンスが伝わります。
- 動詞そのものは同じ「กิน」です。
上記のように、過去・現在・未来を区別する際は「เมื่อวาน(昨日)」「ตอนนี้(今)」「พรุ่งนี้(明日)」などの副詞と、場合によっては「จะ(〜するつもりだ/〜するだろう)」などを組み合わせて表現するのが一般的です。
複数形の概念が薄い
英語の-sや日本語の「〜たち」「〜ら」のような明確な複数形がなく、文脈から複数を示す必要があります。「たくさんの〜」などの表現を使う場合も、状況に応じて補足的に単語を加えるのが一般的です。
- 1人か複数か明確にしない例
- 日本語:「学生が来ました。」(1人か複数か不明)
- タイ語:นักเรียนมาแล้ว (nákrian maa lɛ́ɛo)
- 日本語、英語ともに、「学生」に複数形を示す語尾がないため、この文だけでは「1人」か「複数」か区別がつきません。
- 文脈によって、1人の学生でも複数の学生でも通じます。
- 複数いることを明確にしたい場合
- 日本語:「学生たちがみんな来ました。」
- タイ語:นักเรียนทุกคนมาแล้ว (nákrian thúk khon maa lɛ́ɛo)
- 「ทุกคน(全員)」を加えることで「みんな」=複数を強調できます。
- 場合によっては「นักเรียนหลายคน」(複数人の学生)、「พวกนักเรียน」(学生たち)といった表現も使われます。
- 「私たち」を主語にしたい場合
- 日本語:「私たちが来ました。」
- タイ語:พวกเรามาแล้ว (phûak rao maa lɛ́ɛo)
- 「พวก」(グループ)+「เรา」(私/僕/俺)で、「私たち」を表す代表的な方法の一つです。
このように、タイ語では一般的に単語を追加して文脈を補足し、複数形のニュアンスを示します。
タイ語翻訳における課題と注意点
声調と発音の差異
前述のとおり、タイ語は声調言語であり、同じつづりでも声調が変われば意味が変わってしまいます。翻訳する際に扱うの主に文字が中心とはいえ、商品の商標名や人名などをタイ語にする場合には、誤った声調を当ててしまうと全く違う意味を持つ言葉になってしまうことがあるため注意が必要です。
特に音声コンテンツの吹き替えやナレーションが伴う場合には、声調を正しく把握したうえで発音指示を行わないと、誤解を生む可能性があります。翻訳者だけでなく、声優やナレーターなど音声を扱う担当者にもタイ語特有の声調の基礎知識が必要になるでしょう。
文化的背景の違い
タイは仏教国として知られ、社会生活や言語表現には仏教の教えが色濃く反映されています。尊敬や敬意を示す表現が重要視される一方、日本のビジネス文書で多用するような硬い敬語表現とはやや異なるニュアンスがあります。日本語の敬語をそのままタイ語に直訳してしまうと、タイの文化圏では不自然に響いたり、逆に馴れ馴れしい表現に感じられたりすることもあります。
また、タイでは日常的なコミュニケーションでも「クン(คุณ/敬称)」を付けることで丁寧さを示しますが、日本語の「さん」にあたるような意味合いでもあり、ビジネスの現場では役職名と併用して呼ぶ場合もあります。こうした細かい慣習を理解せずに翻訳すると、文章のトーンが不適切になり、読み手が違和感を持つ可能性が高まります。
専門用語・固有名詞の翻訳
行政用語や医療用語、IT関連の技術用語など、日本語とタイ語で1対1の対応があるとは限りません。そのため、場合によっては意訳をしたり、注釈を添えたりする必要があります。特に医療分野では、薬剤名や症状名などを誤訳すると重大なリスクにつながるため、専門知識を備えた翻訳者の起用やネイティブチェックが必須となります。
また、企業名やブランド名などの固有名詞をタイ語に翻訳する場合には、現地でのイメージや発音、商標登録の有無を確認することが重要です。ビジネス上の信用リスクを避けるためにも、信頼できる翻訳者と連携し、必要に応じて規制や法令に準拠できているかどうかの確認も行いましょう。
タイ語翻訳ツールの活用と注意点
現在、多くの企業が業務効率化やコスト削減のために翻訳ツールの活用を進めており、タイ語においても自動翻訳サービスやAI翻訳の導入が広がっています。特に簡易なメール、確認作業、社内向け文書においては実用的な精度で利用できる場面もあります。
しかし、タイ語には声調や語順、文脈への依存度の高さ、性別表現や敬意の表し方といった特徴があり、翻訳ツール単体では適切に処理しきれないケースが少なくありません。例えば、日本語にはない語尾による性差表現や、同じ語でも使用される文脈によって意味が大きく変わる高コンテクスト性など、翻訳精度に直結する要素が多く存在します。
そのため、ツールによる翻訳結果をそのまま使用するのではなく、文脈の整合性を人手で丁寧に確認し、誤訳や不自然な文体があれば修正する必要があります。また、敬意表現や性別語尾といった文化的な違いへの配慮を欠かさず、用語やスタイルを一貫させることも重要です。特に契約書や商品説明、社外向け資料など、信頼性が求められる文書では、このような翻訳結果の検証体制を整え、品質を担保することが重要になります。。
ヤラク翻訳のような大規模言語モデル(LLM)を搭載した翻訳支援ツールであれば、文脈に応じた語尾処理や読みやすい文構造への変換、句読点の最適化などが自動で行われ、初稿の品質を高めることが可能です。また、ユーザー自身が翻訳内容を柔軟に調整できるインターフェースを備えているため、現地の文化や対象読者に合わせたトーン調整も行いやすくなります。
翻訳ツールと人の判断を適切に組み合わせることで、タイ語翻訳におけるコスト・品質・スピードのバランスを最適化し、ビジネス成果に直結する翻訳体制の構築が可能となります。
まとめ
タイ語の翻訳は、タイ独自の文字や文法、そして文化的背景の違いから、単なる言語の置き換えとは異なる専門的な対応が求められます。それでも、観光、ビジネス、医療、行政などさまざまな分野でそのニーズは高まり続けており、今後も拡大していくと見込まれています。
AI翻訳の技術進歩によって、初稿の生成スピードやコストパフォーマンスは向上していますが、最終的な品質担保のためには人の目と判断が依然として重要です。
専門用語の翻訳を統一するためのガイドライン運用や翻訳メモリの活用、レビュー工程の設計などを通じて、安定した品質を確保する体制づくりが求められます。
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この記事の執筆者:Yaraku ライティングチーム
翻訳者や自動翻訳研究者、マーケターなどの多種多様な専門分野を持つライターで構成されています。各自の得意分野を「翻訳」のテーマの中に混ぜ合わせ、有益な情報発信に努めています。
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