効率的な特許翻訳は、企業の知的財産を守り、国際市場での競争力を強化するために欠かせない要素です。本記事では、特許翻訳の方法や注意点、そして翻訳効率を高めるための具体的な手段について詳しく解説します。

この記事の監修者
山田 優(Masaru Yamada)
立教大学大学院異文化コミュニケーション研究科博士(異文化コミュニケーション学/翻訳通訳学)。フォードモーター社内通訳者、産業翻訳者として活動。その後日本通訳翻訳学会理事と一般社団法人アジア太平洋機械翻訳協会(AAMT)理事を歴任。 詳しく見る
そもそも「特許」とは? なぜ国際特許が重要なのか?
特許とは、一言でいえば、あなたの会社が生み出した貴重な「発明」を法的に保護するための制度です 。この制度を利用することで、発明者(企業)は一定期間、その技術を独占的に利用する権利、すなわち「独占権」を得ることができます 。技術革新が激しい現代において、この「独占権」は他社の模倣を防ぎ、自社の競争力の源泉となる強力な武器です。特に、グローバル市場で事業を展開する日本企業にとって、国際特許の取得は生き残るための重要な戦略となっています 。
日本の特許出願の現状
この重要性は、実際のデータにも表れています。2023年の世界の国際特許出願件数ランキングで、日本は48,920件で世界3位でした 。
Global Note 世界の国際特許出願件数 国別ランキング・推移 )
これは、あなたの競合となる多くの日本企業が、自社の技術を知的財産として守るために積極的に行動している、ということを意味します 。つまり、特許戦略はもはや他人事ではなく、事業を行う上で向き合わなければならない経営課題の一つなのです。
PCT とパリルート(パリ条約出願経路)について
国際特許を取得するための代表的な2つの手続きが、PCT(特許協力条約)出願とパリ条約に基づく出願(パリルート)です。
PCT 出願
1つの「国際出願」をWIPO(世界知的所有権機関)に提出することで、最大153か国への同時出願手続きが可能。出願日から30カ月(試験的に一部183か国では31カ月)以内で各国へ移行(国内手続き)を行う。翻訳量を一時的に抑えつつ、各国の審査期限を先送りできるため、コストとスケジュール管理がしやすい。
パリルート出願
日本などパリ条約加盟各国で、最初に出願した日(優先日)から12カ月以内に他国に出願する方式。先に日本語で出願した後、そのまま英語や各国語へ翻訳して順次提出するため、技術的な内容を迅速に世に示せる。翻訳・手数料の支払いスケジュールを優先日基準で管理できるため、特許ポートフォリオを段階的に構築しやすい。
これら2つのルートは、それぞれ「翻訳タイミング」「コスト」「審査時期」の管理方法が異なります。以降では、これらの国際出願方式を前提に「特許翻訳の方法」とその注意点を詳しく見ていきましょう。
どちらを選ぶべき?PCT出願とパリルートを徹底比較
国際特許の取得には、主に「PCT出願」と「パリルート」という2つの方法がありますが、専門用語が多く、どちらが自社に適しているのか判断が難しいですよね。
ここでは、それぞれの特徴と、どのような企業におすすめかを分かりやすく解説します。
PCT出願とパリルートの違いが一目でわかる比較表
2つのルートの最も大きな違いは、「一度に多くの国へ出願できるか」と「翻訳や国内手続きまでの猶予期間」です。以下の表で、自社の状況と照らし合わせてみてください。
| 項目 | PCT出願(特許協力条約) | パリルート出願(パリ条約) |
| 特徴 | 1つの国際出願で最大153カ国の特許庁に同時に出願したのと同じ効果を得られる。 | 日本での出願を基礎に、12ヶ月以内に権利取得したい国へ個別に出願する。 |
| 翻訳・国内手続きの期限 | 日本の出願日(優先日)から30ヶ月(一部31ヶ月)以内 | 日本の出願日(優先日)から12ヶ月以内 |
| どんな企業におすすめか | ・多くの国で権利取得の可能性を残しておきたい ・各国の市場調査をしながら、最終的に出願する国を判断したい ・翻訳や各国での費用発生をできるだけ先延ばしにしたい | ・権利を取得したい国が少数(例:1~3カ国)に定まっている ・特定の国で、いち早く権利化を進めたい ・事業計画に合わせて段階的に特許ポートフォリオを構築したい |
まとめ:自社の海外戦略に合わせて最適なルートを選ぶ
このように、どちらのルートが最適かは、企業の事業戦略や海外展開のフェーズによって異なります。
- 幅広い国での可能性を探りつつ、時間をかけて判断したい場合はPCT出願
- 進出する国が明確で、迅速に権利化を進めたい場合はパリルート出願
が適していると言えるでしょう。
自社の状況を整理し、必要であれば弁理士などの専門家と相談しながら、最適なルートを選択することが、国際競争力を高めるための重要な第一歩となります。
特許翻訳の方法とは
日本の企業が国際特許を取得する際、特許翻訳は不可欠なプロセスです。特許翻訳は一般のビジネス文書の翻訳とは大きく異なる特殊な領域です。ビジネス文書は一般的な内容を伝えることが主目的であるのに対し、特許翻訳は技術的な内容を正確かつ詳細に伝えることが求められます。特許文書には専門的な技術用語や法律用語が多く含まれており、それらを正確に訳すためには翻訳者に高度な専門知識と経験が必要です。
さらに、特許文書は法律的な効力を持つため、訳文に誤りがあると特許の権利範囲が正しく保護されず、企業の知的財産が侵害されるリスクが高まります。したがって、特許翻訳には非常に高い精度と信頼性が求められます。
ここでは、特許翻訳の主な二つの方法について説明します。
①翻訳会社へ依頼
一つ目は特許翻訳に強い翻訳会社に依頼する方法です。この方法の最大のメリットは、専門知識を持った翻訳者が対応するため、高品質な翻訳が期待できる点です。特許文書は技術的で専門的な内容が多いため、専門知識を持つ翻訳者が対応することで、内容の正確性や専門用語の適切な使用が保証されます。
特許翻訳に強い翻訳会社に依頼する場合、翻訳者は特許特有の形式や表現に熟知しているため、特許庁での審査がスムーズに進む可能性が高くなります。しかし、特許申請となると書類の数が一般のビジネス書より圧倒的に多くなります。そのため、高品質な翻訳を行うには相当なコストがかかるため、予算に応じた翻訳会社の選定が必要です。また、納期に余裕を持たせることも重要です。
一方で、 複数の専門家によるダブルチェック体制や、過去の翻訳資産を活用した品質管理など、コストに見合うだけの徹底した品質保証が期待できる点は、機械翻訳にはない大きなメリットと言えるでしょう。
②機械翻訳
AI技術の進歩により、機械翻訳の精度も大きく向上しています。機械翻訳の最大のメリットは、コストを抑え、短時間で大量の文書を翻訳できる点です。特許出願件数が多い場合や、翻訳の初期段階で大量の文書を処理する必要がある場合には、非常に有効な手段です。
ただし、機械翻訳には課題もあります。翻訳品質の面では、特許文書は専門用語や技術的な表現が多いため、機械翻訳だけでは正確性に欠けることがあります。そのため、機械翻訳の結果を人手でチェックし、必要な修正を行うことが重要です。また、特許という文書の特徴から、やはりセキュリティ面において、機械翻訳などのツールを使うことのリスクは、最大の課題です。この点については、後述します。
特許翻訳の際の注意点
誤訳が引き起こすリスクは非常に重大です。
特許翻訳における誤訳は、特許の効力を大きく損なうリスクがあります。
誤訳によって、本来保護されるべき権利範囲が正しく記載されず、特許が期待通りの効力を発揮できないことがあります。企業は、ライセンス交渉や訴訟の段階で初めて誤訳に気づき、特許の効力が不十分であることを知ることがあります。また、誤訳が原因で特許庁から拒絶される場合もあり、その修正には壮大な時間とコストがかかります。
誤訳のリスクを回避するためには、出願前に翻訳後の書類を細かくチェックすることが重要です。
また、出願後も、定期的に誤訳がないかを確認し、必要な修正を行うことで、特許の有効性を確保し、企業の権利を守ることができます。
技術者の視点
特許翻訳において、技術者や発明者の視点は非常に重要です。
特許文書には技術的な内容が多く含まれているため、翻訳者にはその分野の専門知識が求められます。
例えば、発明の詳細な説明や技術的な特性は、専門知識がないと正しく理解できないことがあります。技術者や専門家が翻訳に関わることで、技術的なニュアンスや複雑な概念が正確に伝わります。
また、特許には法律的な側面もあるため、法律の専門家との連携も必要です。専門家の視点を取り入れることで、翻訳の精度が向上し、特許の権利が確実に守られます。
専門用語と用語の統一性
特許翻訳において、専門用語の正確な使用と用語の統一性は不可欠です。
特許文書には特有の用語や技術的な言葉が多く含まれており、それぞれの用語が持つ正確な意味を理解し、翻訳することが重要です。専門用語の誤訳は特許の権利範囲に影響を及ぼす可能性があり、意図しない解釈を招くことがあります。
また、用語を統一することも大切です。文書全体で同じ言葉を使い続けることで、翻訳が一貫性を持ち、理解しやすくなります。
対策法として用語集を作成し、翻訳者が常に参照できるようにすることで、用語の統一性を確保することができます。
セキュリティ
特許翻訳を行う際は、セキュリティ対策が重要です。発明のアイデアが漏えいしえてしまうリスクが最大の課題となります。とくに無料の翻訳ツールを使用する場合、翻訳内容がサービス提供者に保存され、二次利用される可能性があります。これにより、機密情報が流出するリスクはさらに高まります。特許翻訳を自分たちで行う場合は、プライバシーポリシーを確認し、データ保護の面で信頼できる翻訳ツールを選ぶことが重要です。
機械翻訳で翻訳しやすくするための方法
翻訳会社に依頼をしなくても、機械翻訳による効率的な翻訳と、専門家による精度の高いチェックを組み合わせることで、より正確な特許翻訳が実現できる場合もあります。
機械翻訳の精度を高めるための方法として、「事前編集ープリエディット」と「事後編集ーポストエディット」があります。事前編集は、翻訳前に原文を整えることで翻訳の質を向上させる手法ですが、事後編集は、機械翻訳後にその結果を人間が修正し、精度を確保するプロセスです。ここでは、両方の手法について具体的に説明します。
機械翻訳前の準備作業ープリエディット
機械翻訳の精度を高めるためには、翻訳前の原文の「プリエディットー事前編集」が非常に重要です。事前編集を行うことで、機械翻訳が適切な翻訳を生成しやすくなります。一方で、 この作業は翻訳者だけでなく原文の作成者(技術者など)にも一定のスキルを求めるため、導入には社内でのルール作りやトレーニングが必要になる側面もあります。しかし、これは結果的に「誰が読んでも分かりやすい技術文書を作成する」という、翻訳目的を超えた組織全体の資産にも繋がります。このプリエディット作業は、最近では生成AI等を活用しながら、半自動的に行うことも可能です。
以下に、機械翻訳で翻訳しやすくするための具体的な方法をいくつか紹介します。
文を短くシンプルに
一文を短くすることで、複雑な表現を避け、理解しやすくなります。また、機械翻訳の誤訳も減少します。また、短い文にする際は、図やレイアウトも合わせて注意することが必要です。これにより、翻訳後の文も整った状態で保持されます。
省略を避ける
主語や目的語など、文中の省略された要素をはっきり示すことで、文が明確になり、機械翻訳が正確な翻訳をしやすくなります。
文の構成を工夫し、理解しやすい内容に
論理的で明確な文を作ることで、機械翻訳が翻訳しやすくなります。主語、述語、目的語の順序を守り、一文に含める情報量を適度に抑えることが大切です。
以上、機械翻訳による翻訳精度を上げるためには、人間に理解しやすく、かつ機械にも処理しやすく日本語の表現を修正する必要があります。
これらの方法を実践することで、機械翻訳の精度を向上させ、効率的な翻訳作業が可能になります。事前編集を怠らず、機械翻訳の特性を理解した上で文を整えることが、正確で信頼性の高い翻訳を実現する鍵となります。
一般財団法人日本特許情報機構(Japio)より発行されている特許ライティングマニュアルも参考にしてみてください。
(参照:特許ライティングマニュアル)
機械翻訳後の修正作業ーポストエディット
機械翻訳の結果を人間が修正する「ポストエディット」も非常に重要です。また、この作業も、最近では生成AIを使って行うことで、一部の作業を代行してもらうことが可能です。ポストエディットには以下のポイントが含まれます。
誤訳や不自然な表現の修正
機械翻訳は文脈を十分に理解できないため、意味が通らない翻訳や読みにくい表現が含まれることがあります。これを修正することで、文章全体の意味が明確になり、読み手にとって理解しやすくなります。
専門用語や特許特有の表現の確認
機械翻訳は一般的な単語やフレーズには対応できますが、専門用語や特許特有の表現には対応しきれない場合があります。ポストエディットでは、これらの用語を適切に修正することが求められます。
文法や語順の誤りの修正
機械翻訳は文法や語順の誤りが発生しやすいです。これらを修正することで、文章全体が自然で読みやすくなります。
全体の文脈の確認と一貫性の保持
ポストエディットでは、文章全体の流れを確認し、一貫性を持たせることで、読み手にとってわかりやすい文章に仕上げます。
ポストエディットの詳細に関しては、こちらの記事を参照ください。
(参照:ポストエディットのコツ~自動翻訳を使いこなし生産性向上につなげる)
プリエディット(事前編集)とポストエディット(事後編集)を組み合わせることで、機械翻訳の限界を補い、より精度の高い翻訳が可能になります。これにより、特許翻訳の品質を高め、効率的な翻訳作業を実現することができます。
特許翻訳を効率化するAI機械翻訳:「ヤラク翻訳」の例

「ヤラク翻訳」は翻訳を効率化するために設計されたAI機械翻訳プラットフォームで、特に修正箇所が明確に表示される後編集がしやすいユーザーインターフェース(UI)を提供しています。
その他にも特許明細書などの複雑な技術文書に対応するため、多くの機能が搭載されています。以下に、特許翻訳に役立つ機能と特徴を解説します。
①特許に特化した翻訳エンジン
ヤラク翻訳は、ChatGPT-4.1、Claude、Google翻訳、Microsoft Translator、Papago、Yaraku翻訳の5つの翻訳エンジンを標準搭載しています。これにより、ユーザーは翻訳対象の文書に最適なエンジンを選択し、質の高い翻訳を得ることができます。
さらにカンパニープランのオプションでは「みんなの自動翻訳@KI」も利用可能です。
「特許 NTエンジン」は特許翻訳に特化しており、特許関連の専門用語や技術的な表現に対応しています。各エンジンが持つ得意分野を活かし、用途に応じた最適な翻訳を実現することで、特許出願や技術文書の翻訳における精度と効率を高めることが可能です。
②用語集・フレーズ集

ヤラク翻訳には、用語集やフレーズ集を登録する機能があり、特定の用語やフレーズをカスタマイズして翻訳に活用できます。特に特許文書には専門用語が多く含まれるため、一般的な翻訳エンジンでは正確な翻訳が難しい場合がありますが、用語集を使うことで専門用語の誤訳を防ぐことが可能になります。また、学習機能により、ユーザーの翻訳スタイルや選好に基づいて翻訳エンジンが自動的に改善され、翻訳精度が継続的に向上します。この機能により、専門的な知識を持たないユーザーでも高品質な翻訳が実現できます。
③部分的な翻訳会社への発注

ヤラク翻訳では、特に難解な部分や重要な部分だけを翻訳会社に発注することが可能です。これにより、全体のコストを抑えつつも、重要な部分には専門家の手を借りることで、高品質な翻訳を実現できます。
④コラボレーション機能

翻訳文書の共有と共同編集を可能にする新しいコラボレーション機能を提供しています。ユーザーは、翻訳中の文書を他のユーザーと共有し、同時に編集することができます。例えば、文書内に専門的すぎて分かりにくい表現などがあっても、簡単に技術担当者にシェアすることが可能です。
また、編集された翻訳データは最新版がデータベースに保存され、次回の翻訳作業に再利用されるため、作業の効率化が図られます。
特許翻訳に最適なセキュリティ対策を提供する
ヤラク翻訳は、特許翻訳におけるセキュリティ面でも高い基準を誇ります。
特許文書には機密情報が含まれるため、データの保護は極めて重要です。ヤラク翻訳は高度なセキュリティ対策を施しており、翻訳データの二次利用の心配がありません。
各翻訳エンジンとの個別契約により、機密情報の漏洩リスクを最小限に抑えることができます。
特に、カンパニープランでは翻訳作業におけるデータ保護が強化されており、特許関連の機密情報を安全に取り扱うことができます。このように、ヤラク翻訳は特許翻訳に求められるセキュリティ基準をクリアし、安心して使用できる翻訳ツールとして信頼されています。
参考文献
- GLOBAL NOTE. (2025年5月13日). 世界の国際特許出願件数 国別ランキング・推移. Retrieved 2025年8月4日, from https://www.globalnote.jp/post-5380.html
- 一般財団法人日本特許情報機構(Japio). 特許ライティングマニュアル (第2版). Retrieved 2025年8月4日, from https://tech-jpn.jp/tokkyo-writing-manual/
- Yaraku株式会社. (2022年). ポストエディットのコツ〜自動翻訳を使いこなし生産性向上につなげる〜. Retrieved 2025年8月4日, from https://www.yaraku.com/news/postedit-key-points/
この記事の執筆者
Yaraku ライティングチーム
翻訳者や自動翻訳研究者、マーケターなどの多種多様な専門分野を持つライターで構成されています。各自の得意分野を「翻訳」のテーマの中に混ぜ合わせ、有益な情報発信に努めています。
よく読まれている記事








