海外との契約を進める、外国籍の従業員に関する手続きを行う、または国際的な訴訟に関与する──こうした業務に携わる企業担当者であれば、一度は「法律文書を他言語に翻訳しなければならない」という場面に直面したことがあるのではないでしょうか。
そのとき必要になるのが「リーガル翻訳」、つまり法律的効力を持つ文書を、原文の意味を損なわず正確に翻訳するという、非常に専門的な業務です。
たとえば英文契約書を取り交わす際に、契約条件を誤って翻訳すれば、そのまま訴訟リスクにつながる恐れがあります。日本語の戸籍謄本や婚姻証明書を外国の入国管理局へ提出する際にも、形式や内容に不備があると、申請が却下される可能性があります。相続や登記の手続きで使う文書も同様です。つまり、リーガル翻訳は“正しく訳せば済む”というレベルの作業ではなく、「法的に有効な状態で翻訳されたもの」が求められるのです。
このような背景から、多くの企業はリーガル翻訳を翻訳会社に外注しています。専門性や公的な証明の必要性などを考えると、それは合理的な選択です。しかし同時に、毎回の外注コストや、社外への情報提供にともなうセキュリティリスクを考慮し、「どこまでを社内で対応できるか」「ツールを活用して内製化できる部分はないか」と検討する動きも、ここ数年で確実に増えています。
なぜリーガル翻訳には高度な専門性が求められるのか
法律文書は一見、定型的であまり複雑には見えないかもしれません。実際、日本語の契約書では「甲」「乙」といった当事者の表記や、「解除」「合意解約」「損害賠償」など定番の言い回しが並んでいます。しかし、これらを単純に英訳すればよいわけではありません。たとえば「解除」という語は英語の”termination”や”rescission”に訳されますが、それぞれが持つ意味合いや発動条件は異なり、法律制度が異なる国にそのまま当てはめることはできないのです。
また、相続や登記に関する文書を海外の官公庁に提出する場合、原文と翻訳文がセットで受理されることも多く、翻訳そのものに対する信頼性が問われます。翻訳証明書の発行、公証人による認証、アポスティーユの取得など、単に訳文だけでは済まない手続きが付随することも珍しくありません。
こうした背景から、リーガル翻訳には通常の翻訳業務とは異なる慎重さと専門性が求められます。誤訳はすなわち、法的トラブルや申請の失敗、企業の信用問題に直結するからです。
外注する?それとも内製化する?判断基準は目的とコスト、そしてリスク許容度
翻訳会社に依頼することには、確かに安心感があります。法律文書を専門に扱う翻訳者に任せることで、精度の高い訳文が得られるだけでなく、必要に応じて翻訳証明書の発行や、公証役場での対応までワンストップで完了できます。複雑な国際契約書や、訴訟に関連する書面など、ミスの許されない文書では特に有効な手段です。
ただし、すべてを外注し続けることが常にベストとは限りません。たとえば、毎月のように発生する標準契約書の翻訳や、定型的な秘密保持契約書(NDA)、利用規約など、文書の構造がある程度決まっていて、再利用可能な表現が多いものについては、社内で翻訳対応するほうが効率的です。
加えて、機密性の高い情報を含む場合、社外へ文書を出すこと自体に慎重になるケースもあります。社内で翻訳すれば、第三者の関与を減らし、情報漏洩リスクを抑えることができます。実際、金融・製造・医療など、情報セキュリティの厳格な業種では、リーガル翻訳を含む一部の翻訳業務を自社内で完結させる動きが広がっています。
内製化は現実的か?鍵を握るのはツールと運用体制
とはいえ、社内に法務知識と翻訳スキルを兼ね備えた人材を確保するのは、簡単なことではありません。特に、外国法や国際取引に精通し、かつ言語面でも高度なリテラシーを持つ人材は限られており、そのような人材を常時社内に置くのは、多くの企業にとって現実的とは言えないでしょう。
しかし、だからといって内製化をあきらめる必要はありません。近年ではA自動I翻訳の精度向上と、翻訳支援ツール(CATツール)の進化により、社内での翻訳作業が現実的な選択肢として急速に広がりつつあります。特に「まずAI翻訳で初稿を作成し、それを人間がチェック・修正する」というAI翻訳と人による「ポストエディット型」の運用は、品質と効率のバランスを取る方法として、多くの企業に支持されはじめています。
ポストエディットとは、自動翻訳で作成された訳文を人間が見直して調整する作業のことで、翻訳スピードを維持しながら品質を担保する手法として注目されています。
(参照:ポストエディットの2つの種類 – やり方と注意点について)
この手法を採用することで、専門知識を持つ少人数のスタッフでも、大量の文書を短期間で処理することが可能になります。また、社内に用語集やスタイルガイド、翻訳メモリを整備しておけば、文書の一貫性や翻訳品質を維持しやすくなるため、再利用可能な定型文書が多い企業にとっては特に有効です。初回は時間がかかっても、2回目以降は大幅な効率化が見込めます。
初期段階では、すべてを内製化するのではなく、たとえば頻度の高い社内文書や、形式がある程度定型化された契約書など、「社内で対応しやすい業務」から内製化を始めてみることをおすすめします。逆に、一度きりの対応で終わるような特殊な訴訟文書や、提出先から翻訳証明・公証を求められている書類などは、引き続き外部の翻訳サービスを利用した方が安心でしょう。
目的、文書の性質、社内の体制とスキルを総合的に判断しながら、翻訳業務を段階的に社内化していく。そのような柔軟な運用こそが、現実的かつ持続可能な内製化の第一歩となります。
内製化に適したツールとは?選定のポイントと導入のヒント
内製化を実現するためには、単に翻訳作業を社内に取り込むだけでなく、それを支えるツール選定が極めて重要です。とくに近年は、翻訳の精度と運用効率の両面で優れたツールが登場しており、これらを上手に活用することで、少人数でも高品質な翻訳体制を構築することが可能になります。
まず、翻訳ツールを選ぶ際は一般的な無料サービスではなく、法人向けにセキュリティ対策が施されたツールを選びましょう。たとえば、訳文の一時保存を行わず、データ漏洩のリスクを最小限に抑えたエンジンが用意されているツールは、一般文書だけではなく、法律系の文書を取り扱う企業にとって必須となります。
(参照:安全な翻訳ツールの選び方とセキュリティ対策【法人必読】)
また、文章全体の構造や文脈を理解しながら翻訳できるLLM(大規模言語モデル)を活用したエンジンや、法律分野に特化した専門用語や表現に対応できる翻訳エンジンであれば、リーガル翻訳において効率と品質の両面で効果を発揮します。
たとえば、ヤラク翻訳では、大規模言語モデル(LLM)による自然な文脈翻訳に加え、国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)が開発した「みんなの自動翻訳@KI(商用版)」を翻訳エンジンとして選択できます。このエンジンでは、法令・契約分野や金融・特許・IRなど、専門分野別に最適化された訳出が可能であり、法的文書の用途や内容に応じて使い分けることで、より正確で信頼性の高い翻訳が実現できます。用途に応じたエンジンの選択肢があることは、企業にとって非常に有益です。
業務効率と法的リスクのバランスをどうとるかがカギ
リーガル翻訳は、翻訳の中でも特に慎重さと正確性が求められる分野です。文書の種類や提出先の要件、社内体制やリソースに応じて、「どこまでを自社で対応するか」「どこからを外部に委託するか」を見極めることが重要になります。
すべてを外注すれば安心というわけではなく、費用や機密性の面での課題が生まれます。一方で、完全な内製化には人的・制度的な準備が必要です。重要なのは、使えるツールを最大限に活用し、翻訳精度と業務スピードの両立を図りながら、少しずつ自社にとって最適な翻訳体制を築いていくことです。
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この記事の執筆者:Yaraku ライティングチーム
翻訳者や自動翻訳研究者、マーケターなどの多種多様な専門分野を持つライターで構成されています。各自の得意分野を「翻訳」のテーマの中に混ぜ合わせ、有益な情報発信に努めています。
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